

私のスタイル
信じてもらえないかもしれませんが、中学生くらいまで私は「校則を守らない奴は反逆分子だ。」という考えを強固に持っていました。靴下の三つ折り!学校カバンの持ち方!副カバン単体での使用は禁止。肩にかかったら髪はくくること!使用するゴムは黒か紺!これらは絶対破ってはいけないルールなのです。「決まり」なのですから。 そんな私の前に、なんとピンク色のヘアピンをした、どうやら校則を理解できていない生徒が現れたので「ピンクのピンっていいん?」と勇気を奮い起こして注意したのですが、そいつはパチンっと音をたたてピンを挟み直し「え?あかんの?知らんかった。」と平然と言い放ちました。「この野郎!!」と私をイラ立たせた、そいつこそ、私の一番の友となりました。 それから30年ほどたち、私はブリーチでプラチナになるほど色を抜き、アッシュの色を入れ、テーラードジャケットに下駄というスタイルで平気で外に出るようになったのですから、とにかく・・・うん。人生は分からない。 「あんた、なんでそんな髪型してるんや?!」とおじさんに言われたことがあります。「男と思ってたら女やないか。
3 日前


時間について
私は時間の使い方が思いっきり下手です。 子どもの頃からそうで、いつも全ては間際になってからやるのが常でした。(この事については以前[コツコツ]という題のブログでも書きました。)そんな自分が嫌で、私は何とかしようと何冊も時間についての本をオーディブルで聴きました。いわゆる自己啓発本です。 私は、理論好きで、効率を好み、無駄が嫌いで、そう動けない時に自分を責め、自己嫌悪に陥る性格な所があります。上手くいった9つの事より、1つの引っかかりに心が囚われ、全てがダメであったように感じるのです。良く表現すれば「追及する人」とか「責任感がある」とかになるのかもしれませんが、そんな風に生きる人間は当たり前に「いつもしんどい」のです。 そんな時に出会った本がミヒャエル・エンデの「モモ」でした。 「モモ」は今まで私が手に取ってきた自己啓発本の反対にあるような本に感じました。効率や成果だけに価値を置くと、大切なものは失われていく、という感じです。全ては、ただただ、こなすためだけにあり、そこには独創性もなく、心の温かさもなく、人々は決められた仕事だけをこなし、同
7月21日


遠い昔に見た夢
ずっと昔に見た夢で、忘れられない夢があります。 気に入っている訳でもないけど、ちょっと怖いような、何とも言えない夢です。 ただ、そこから何かを考えたり感じたりする夢で、このブログではその夢の話を書きたいと思います。 私はまだ学生で、パト(当時飼っていた犬)と友達、その保護者で川遊びをしていたのですが、洪水に巻き込まれてしまうのです。 次のシーンで、古い映画館のロビーのような所にみんな集まっていて、そこに40代くらいの男の人がやってきて「ここは生死のはざまだ。」と言うんです。そして映画館の出口の方を指さして「もしかしたら何かのタイミングで、あの扉があくかもしれない。その時に出られれば、もとの世界に戻れる。」と説明されました。 私たちは時間の感覚もなく、ずっと薄暗いロビーでその扉が開くのを待っているのですが、途中パトがいなくなったり、何とか見つかったりをしている間に、その扉があくんです。光の塊のような扉で、私は真っ先にパトを放り投げるようにして出してやり、みんなもその扉に駆け寄って脱出し、最後私一人になったところで後ろを振り返って男の人に尋ねるん
7月16日


本について
私が幼稚園の時、母は私を週に一度、大倉山にある神戸市立中央図書館に連れていきました。理由は「本好きの子」になってもらうためだったと言っていました。 ところがどうも私は、親から勧められたことには興味を持ってあげる事が出来ない子供だったみたいで、あまり本を読まない人間に育ちました。読み始めはするのですが頭に入らない。5分くらいで猛烈な眠気が襲ってくるのです。図書館から本を借りてきても読まずに期限が来たり・・・。学生の時に「読めたらいいな本リスト」を、ものすごくきれいにまとめて作ったことがあるのですが、それを見た本好きの友達が勘違いし「すごい!こんなにたくさんの本読んでるなんて、さすがだね!私も負けずに読むよ。」とえらく褒めるので「いや、これらはまだ読んでいない。」と言い出せず、偽本好きとして話を合わせた過去があります。いつかチャンスがあれば懺悔したいけれど、相手はもう忘れているかもしれないな・・・。 とにかくそんな訳で、本はあんまり好きではありませんでした。どちらかというと漫画の方が好きです。読むと言っても一般的なメジャー漫画というよりは(例えばワ
7月16日


本当に持ちたいもの。永島庸、力也さん夫妻の「廃材家具 工房 エンジェルのために」のト音記号の棚
中学生くらいまでは、特段自分のことを「体の弱い人」と思ったことはありませんでした。どころか仕事人間のような性格で「昼メシ食うのに5分以上かけてちゃダメだね。」みたいな事を平然と言って、競争するように人より早く食べ終わっては、部活の練習するとか用事を済ませるとかして優越感に浸ったものです。 ところが高校の3年の時「一度死んだか?!」くらいに体調を壊し、私はそこから何をするにも人の半分以下もできなくなりました。さらに今から2年ほど前に、良性ですが脳腫瘍が見つかり、その治療が合わなかったのか、しばらく体調を崩してしまいました。それは本当に辛い事でしたが、どうしたって無理はできないのですから、どうする事もできません。だんだん動く世界は狭まっていき、西は「元町」東は「岡本」あたりまでが無理なく動ける範囲となりました。もし梅田に行くとなれば、翌日も調整日にして、意を決して行くということになります。(最近「梅田なんか誰が行っても疲れるで。」と聞いて慰められましたが…) 同世代と同じように動いても一人疲れてしまうので、だんだん誘いに乗らなくなり、本当にその人
2月7日


SNSについて
こんな事を書くのはどうなのか、と思うのですが、実は私はSNSというのがそんなに好きではありません。と言いながら私はHPを立ち上げ、インスタグラムをし、こうしてブログを書いている訳ですから、SNSなしでは成り立たないのは自覚しています。矛盾しているのですが、本音は・・・そうですね。「使い方が難しい。」というのが適切な表現かもしれません。 私は子供の時から少し変わっていて、みんながやっていることをせず、いつも波に乗っていませんでした。「別にいらん。」というのがいつもの答えで、PHSというのが出た時も、友達に持てと誘われても「いらねえな。」という感じで、とうとう最後まで持ちませんでした。一人でいるのが好きでしたし、一人の時間が必要でしたので「つながるもの」を求めていなかったのです。ただ、孤独ではなかったかもしれません。孤独だと思った事もありましたが、本当の意味では結局孤独ではなかったのだと思います。「なんで携帯持たへんの?」と不満げに言ってきた友達も、本当に何かあった時は本人自ら飛んできてくれていましたし、私も飛んで行っていたような気がします。つ
2月1日


理想のパートナー(本当に頼れる強い人)
私の育った家はジブリアニメ派で、ディズニーはあまり見なかったのですが「美女と野獣」は母と二人で見た思い出があります。見終わった後「そやけど、この話の中で一番ええ男はベルのお父さんやな。」と母は言っていました。私は笑って「なんでやねん!」と突っ込んだのを覚えています。「そういうあんたは誰がええねん。」と聞かれたので「私?・・・ガストンやな。」との答えに「あんた間違いなく失敗するわ。」と返されたのを今でも覚えています。 今、見直すと、本当にガストンはめちゃくちゃで、価値観は稚拙で、自分が一番だと思っていて、またはそうでないと気が済まず、そのためには手段を選ばないという、とんでもない奴なのですが、見てる分には楽しい感じです。特に2017年上映の実写版「つよいぞガストン」のシーンは、私もそこに居合わせたら一緒に喝采を送ってしまいそうな楽しさでしたが、幸い子供の頃の価値観は無事に修正でき、今はベルのお父さんの良さが分かる大人になれました。 私は特段「映画好き」という訳ではありませんが、気が向いた時には映画を見ています。古い映画が好きで、西部劇の世界観と
1月1日






